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駆逐艦 吹雪型 改訂のお知らせ

駆逐艦 「吹雪型 1」「吹雪型 2」を改訂いたしました。
写真や図の差し替えを行い、説明文も書き直しました。
考証自体には変更はありませんが、「吹雪型 2」には白雲の公式図の矛盾点についての検証を追加してあります。

駆逐艦 外板比較 7

07-01 前部切断 1
07-02 後部切断 1

島風の「前後部構造切断」を参考にしています。(クリックで拡大します)
私の資料には島風の中央部構造切断がありませんでした。
外板の厚みが書いてないところは、文字が読み取れなかったためです。

07-03 三番砲

F142は3番12.7cm連装砲のある所ですが、その横の12mmの厚みの甲板材はその下板であり、写真のリノリウムの張られていない部分と思われます。

松型・橘型は最大中央横断図はあるものの写真との比較で確認できませんので、駆逐艦の外板比較はこれで終わりとします。
(ただ、番外編は1回やるかもしれません)

写真1 日本海軍艦艇写真集 駆逐艦 ダイヤモンド社 P.117より

駆逐艦 外板比較 6

06-01 前部切断 1
06-02 後部切断 1

春月の「前後部構造切断」を参考にしています。(クリックで拡大します)
公式図の状態が悪いため一部読み取れないところがあります。
私の資料には秋月型の中央部構造切断がありませんでした。
涼月の「線図説明」という公式図があり外板の重なり方が描かれていますが、この春月とは若干違っています。
初期の秋月型の写真には外板の判る写真が見当たらず確認はできませんでしたが、後期型(冬月型)である春月とは違う可能性があります。
なお、この涼月の図面での前部と中央部では水線部付近の重なり方に違いが見られ、つながり方に疑問があります。(戦後の復元図のため、描き間違いの可能性もあります)

06-03 冬月艦首

上の写真は冬月ですが、艦首部の外板の形状はかなり不規則です。
ただ、理由は不明です。
冬月以降の艦はすべて同様ですが、これも前期艦では違いがあるのかは判りませんでした。
ちなみに、戦後の涼月の写真で外板が判るものがありますが、涼月は艦首を喪失した後に簡易形状で作り直していますので、以前とは違っている可能性があります。

写真1 丸スペシャルNo.111 終戦時の帝国艦艇 潮書房 P.81より

夕雲型 1

先月は仕事が忙しく、連休中も他の用事で忙しかったため今回は小ネタです。

モデルアート社刊の艦船模型スペシャルNo.71での記事で、天一号作戦時の陽炎型の3隻と夕雲型の朝霜に三式爆雷投射機が増備されたとあります。
推定図も描かれていますが、少し疑問点がありましたので検証してみました。

朝霜 艦尾

上は早霜の公式図です。
新造時の朝霜もほぼ同様だろうと思われます。
朝霜の沈没時の写真と比較すると、従来の爆雷装填台の後方にあるものは大きさが小さく巻揚機ではないようにみえます。
三式爆雷投射機は片舷用のため爆雷装填台も半分の大きさのもが使用されていたようですので、赤い矢印で示したものがその装填台ではないかと推定しました。
従来の爆雷装填台の左舷側後方には爆雷積込口があり、艦尾にかけて軌条が敷かれて入ます。
新設された爆雷装填台は若干左舷寄りにあるように思えます。
これは、この軌条から爆雷を補充するためと考え図でも若干左舷寄りとしてみました。
また、朝霜の艦尾には5基の二十五粍単装機銃が設置されていました。
青い矢印で示したものがその単装機銃、緑色で囲ったものが防弾板で、右舷後方のものは破壊された防弾板の下になっているものと推定しました。
爆雷投射機の投射方向には単装機銃は設置されないものと思い、爆雷投射機の向きを推定しました。
すべて写真からの推定であり、確定できるものはまったくありませんが参考までに書いてみました。

写真 歴史群像太平洋戦史シリーズNo.51 真実の艦艇史2 学習研究社 P.58より

駆逐艦 外板比較 5

05-01 中央切断 5

初春型の初春「中央切断横断」(昭和9年、改造後)と白露型の五月雨「中央切断」(新造時)を参考にしています。(クリックで拡大します)
なお、外板の重なり方を判りやすくするために誇張して描いてありますのでご注意ください。

05-02 中央切断 6

白露型の海風「最大中央横断」(新造時)と朝潮型の霞「中央部構造切断」を参考にしています。(クリックで拡大します)
白露型後期艦から船体側面の外板の張り方が変わっています。

05-03 中央切断 7

陽炎型の秋雲「中央部構造切断」(新造時)と夕雲型の沖波「中央部構造切断」(新造時)を参考にしています。(クリックで拡大します)
沖波の中央構造物(前部煙突後部)が角ばった形状となっています。
夕雲の「中央部構造切断」では秋雲と同じですので、夕雲型すべてが角ばっているわけではなさそうです。

05-04 補強板 4

特型にあった船首楼後端付近の補強板は初春型・白露型にも確認できます。
ただ、両型とも外板の確認ができる写真がほとんど無いため全艦にあったかどうかは不明です。
写真1は初春型の初霜、写真2は白露型の白露、写真3は白露型後期艦の海風です。
緑色の線は船体外板の継ぎ目です。
春雨は昭和18年に前部煙突直前より前を喪失しましたが、復旧工事後にも補強板は取り付けられています。
朝潮型以降には補強板は無いようです。

写真1 写真日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ社 P.608より
写真2 写真日本の軍艦第11巻 駆逐艦II 光人社 P.38より
写真3 写真日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ社 P.614より


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老猿

Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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