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白露型 0.5


時雨・五月雨-艦尾

白露型の公式図といえば、「昭和造船史別冊 日本海軍艦艇図面集 原書房」に収録されている五月雨が有名です。
それ以外には時雨の公式図も残っていますが、この時雨で気付いた点があります。
艦尾にある爆雷投射機2基以外の爆雷兵装ですが、時雨には投下軌条は無く、投下台が4基設置されています。
このうち前方のものは手動式で、描かれている大きさから初春型の物と同じ2個載と思われます。
後方のものは水圧式で、こちらは五月雨にも2基設置されています。
白露の艦内側面図でも、時雨と同じように描かれています。
3番艦の村雨の写真には投下軌条の張り出しがありますので、白露と時雨のみが投下軌条が無かったものと思われます。
なお、薄いグレーの線で描いた軌条は掃海具装備台で、取り外し式のものです。
五月雨の爆雷投下軌条は爆雷が縦に置かれているタイプのもので、片舷5個で描かれています。
(参考図面 戦前船舶研究会のDVD図面集より 「五月雨 諸甲板及船艙平面[後部]」)

海風-艦尾

海風では多少各装備品の配置が変わっている他、リノリウム張りの範囲(茶色の線・五月雨も同じ)も変わっています。
(参考図面 戦前船舶研究会のDVD図面集より 「海風 後部上甲板艤装[後部繋留装置]」)
 

白露型 1

01-1 五月雨 リノリウム

五月雨の公式図「上部平面」を参考にして描いたリノリウム配置です。(クリックで拡大します)
短艇の下等は境界線は描かれてませんし、痛みが激しく読み取れない部分もあるため、一部は推定となっています。(境界線が赤で描かれているところ)
また艦橋天蓋や測距儀周囲も同様です。

01-2 五月雨 後部甲板

12.7cm砲の周囲には鉄甲板部がありますが(写真1の矢印部、白く写っている部分)、これの境界線も描かれてはいません。
しかし、五月雨の公式図「上甲板構造」に12.7cm砲の周囲に厚みの違う鋼板が敷かれている部分があり、その大きさ形状が写真と一致しますのでそれを参考に描きました。
ただ、最上甲板の1番砲周囲は朝潮型を参考にしています。

写真1 歴史群像太平洋戦史スペシャル4 決定版日本の水雷戦隊 学習研究社 P.21より

今回は本来乙型潜水艦の一部改訂を考えていましたが、仕事等が忙しく時間が取れなかったため次回用に描いていた図で記事を書きました。
今後は朝潮型と同じような解説にしていこうとおもっていますが、図は全く手付かずのため、今後の予定はどうなるかわかりません。
申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。
なお以前解説した艦尾付近の記事は一旦「白露型 0.5」とし、艦尾解説の際には削除したいと思います。


白露型 2

02-1a 五月雨 艦橋平面
02-1b 五月雨 艦橋平面

五月雨の艦橋平面です。(クリックで拡大します)
窓は青で、梯子・足掛等は赤で、手摺等は緑で描いてあります。
参考にした公式図は五月雨の「艦橋構造 其の1」「艦橋構造 其の2」「舷外側面及上部平面」「艦内側面及艦橋平面」を主にし、部分的に時雨の「舷外側面及上部平面」も参考にしました。
「舷外側面及上部平面」「艦内側面及艦橋平面」は昭和17年5月現在となっています。(ただし全てが正確とは限りませんので注意が必要です)
「艦橋構造」は各種断面等が詳しく描かれています。
船首楼甲板平面の右舷側前部の角には艦内への昇降口があり、ほんの少し外側に膨らんでいます。
左舷側の羅針艦橋張り出しの下には2本の支柱があるのですが、後部のものは斜めになっているようです。(烹炊煙突と干渉するため?)
ただし、この2箇所とも鮮明に写っている写真が見当たらず、確認はできていません。
前部マスト中段の2キロ信号灯台は、時雨の「上部平面」で輪郭は確認できるものの手摺の位置はは不明です。

02-2 白露 艦橋平面

白露の艦橋平面です。(クリックで拡大します)
白露の「艦内側面及艦橋平面」を参考に描いてあります。
五月雨とは信号所へ上る梯子と、2キロ信号灯台から見張所へ上る梯子が違っています。
なお、梯子の位置は春雨もほぼ同じです。
また羅針艦橋天蓋上にある無線電話送話機の位置や手摺も違っています。
66cm測距儀の直前にも手摺があります。(シート等を使用しての風除けのため?)
隊内信号灯の位置も違っていますが、昭和18年の写真では写っていませんので、廃止となった可能性があります。
ただその時期等は不明です。

02-3 時雨 艦橋平面

時雨の艦橋平面です。(クリックで拡大します)
時雨の「舷外側面及上部平面」を参考に描いてあります。
羅針艦橋天蓋上にある無線電話送話機の位置は五月雨と同じですが、アンテナの向きが違っています。

白露型 3

03-1 五月雨 艦橋側面

五月雨の艦橋側面です。(クリックで拡大します)
窓は青で、梯子・足掛等は赤で、手摺等は緑で描いてあります。

03-2 白露 艦橋側面

白露の艦橋側面です。(クリックで拡大します)

03-3 時雨 艦橋側面

時雨の艦橋側面です。(クリックで拡大します)


白露型 4

04-1 五月雨 艦橋断面

五月雨の艦橋断面です。(クリックで拡大します)
艦橋休憩室の側面は、天蓋の高さまでに九四式方位盤と同じ幅になるように傾いており、そこから上部は方位盤に繋がるように円形に変化させてあります。

04-2 艦橋前部

羅針艦橋前や横の張り出し部の下には補強板がありますが、その端部は外板で囲ってあります。(断面図の紫の線で示した部分)
ただ、羅針艦橋前面は五月雨・春雨が角の部分も囲ってありますが、白露は前面のみのようです。
(写真1 白露、羅針艦橋前面下部の外板が取り外されており、赤い線が本来の状態となります。写真2 五月雨)
時雨・村雨は不明、夕立は不鮮明な写真で断言できませんが白露と同形状のようにみえます。

04-3 涼風 艦橋

(クリックで拡大します)
白露型の海風以降は艦橋が変わっていますが、これの形状がわかる資料は私の所有している中では涼風の「諸管装置(側面及切断)」のみです。
基本形状はほぼ朝潮と同じで、天蓋平面の一部・艦橋休憩室後半部の壁面形状(朝潮は九四式方位盤で円形になるように変化していますが、涼風は天蓋の高さまでで円形への変化が終わりその上は垂直となっているようです)や信号所の長さに違いが見られる程度です。
羅針艦橋の最大部と艦橋休憩室および艦橋基部の幅は、白露前期型と朝潮型は同じ寸法となっており、涼風も同様だと思われます。
この「諸管装置(側面及切断)」には船首楼甲板平面はありませんが、写真を見る限り前半分の窓の配置は朝潮と同じようです。
前部マストの主柱は五月雨は船首楼甲板から立ち上がっていますが、涼風は上甲板からとなっており若干位置が違っています。
なお、残念ながら梯子や信号旗掛等は描かれていません。

写真1 写真日本の軍艦第11巻 駆逐艦II 光人社 P.38より
写真2 世界の艦船増刊 日本駆逐艦史(新版) 海人社 P.111より

以下の図を修正しました。
「白露型 2」 五月雨艦橋平面 羅針艦橋内壁面の補強材を追加
                各種寸法を追加
                断面位置の追加
「白露型 3」 五月雨艦橋側面 舷灯位置修正
                各種寸法を追加 
        白露・時雨艦橋側面 舷灯位置と羅針艦橋前下部の補強板の修正
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老猿

Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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