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擇捉型 1

擇捉型の主な公式図は、初期建造艦の松輪の「舷外側面 上部平面」「艦内側面 上甲板平面」、中期の壹岐の「艦内側面 上甲板平面」、最後期の笠戸?の「舷外側面 上部平面」があります。
笠戸?としたのは、この図面が福江の公式図を元に改訂されたもので、福江の艦名が2本線で消してあり、その上にあるはずの艦名が残念ながら塗りつぶされて判らないためです。
ただ、出図の日付は昭和19年2月27日となっており、笠戸の竣工日と同じです。
もっとも、この図面に描かれている艦の特徴は、写真で判る範囲では同じ浦賀船渠製の干珠にもあてはまるようですので、もしかするとこれは干珠の図面であり、笠戸の竣工日に持ち出されただけなのかもしれません。
なお、これ以降はこの図面は笠戸として書きます。
松輪と笠戸ではかなり違いがみられますので、その違いについても書いていきます。

01-1 松輪 船体

松輪の船体です。
(クリックで拡大します)
舷外側面では水線部より上のみが描かれていますので、水線下は艦内側面を参考にして描いています。
そのためビルジキールは描いていません。(占守型の図も同じです)
占守型との大きな違いは艦首と艦尾です。
艦首は直線となり、フェアリーダーの位置も違っています。

01-2 艦尾

占守型の艦尾は水線部より若干張り出していましたが、擇捉型では垂直になっています。
そのため平面形状が変化しており、全長も短くなっています。
舵も半平衡舵から平衡舵になり、その周辺も変わっています。
それら以外の船体形状は占守型との変化は無いようです。

甲板はリノリウム張りと思われます。
この松輪の図面にはリノリウムの境界線は描かれていませんが、笠戸の図面にはそれらしき線が描かれています。
船首楼は波除けより後部、上甲板は兵員室の上がリノリウム張りであったようです。
ただ、6mカッターの付近ははっきりと判りません。
この部分は丙型海防艦の「甲板敷物図」を参考にし、カッターの下にある各種の格納箱まで張られていたと推定して描いてあります。

擇捉型 2

02-1 笠戸 船体

笠戸の船体です。
(クリックで拡大します)
まず舷窓の数・位置が変わっています。
松輪・佐渡・隠岐(六連は写真が見つからず不明)以外の艦はこの少ない舷窓のようです。
舷側のスパンウォーターが省略されていますが、これは福江・干珠・笠戸のみのようです。
リノリウム張りの範囲の変化もこの3艦のみではないかと思います。
艦首のフェアリーダーが先端の1基のみとなっていますが、これは干珠と笠戸だけです。
艦尾の爆雷投下台は投下軌条に変わっています。
ただ、干珠の写真は艦尾が不鮮明で軌条なのかは不明です。
それ以前の福江・天草・満珠は防弾板付の投下台です。

02-2 模型

模型は笠戸で製作しています。
占守と同様に艦首と艦尾の幅を広げ、艦中央部から艦尾への断面を修正してあります。
そのうえで擇捉型の特徴である艦尾を整形しています。
艦首側面形は傾きが大きすぎるため、こちらも直しています。
甲板は舷側部の盛り上がりを削ってあります。
また、艦中央部のリノリウムの張られていない所は、滑り止めモールドのある所と無い所ができてしまうため、全て削り取ってあります。
なお、船首楼甲板後端部は全てが壁面ではなく中央に開口部がありますが、これは省略しています。

擇捉型 3

03-1 艦橋前面

松輪の公式図「艦橋構造」を見ると、艦橋下部前面は複雑な構成になっているのが判ります。
上甲板部の平面では直線部がありますが、それが徐々に変化して羅針艦橋直下では丸くなっています。
そのため、真横や真前から見ると壁面が垂直ですが、斜めからは傾斜して見えます。

03-2 機銃座

機銃座の基本的構造は占守型と同じです。
ただ艦橋の大きさが違うため後部への通路部が大きくなっています。
機銃座下の支柱の形状も変化しています。
また干珠と笠戸の機銃座は更に簡略化されており、下部外周にあった補強板と支柱間のX形の補強材が廃止、支柱上部の補強板も小型化しています。
(写真1 平戸 「写真 日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ」P.760より、写真2 干珠 「写真 日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ」P.761より)

03-3 模型

中央構造物は、占守と同様に左右のパーツの間に0.5mmプラ板を挟んで幅を広げてあります。
前面は始めに上甲板部での形状にし、それから上部を丸く削った上でそれを繋げるように整形しました。
また構造物の長さは1mm長くしてあります。
(前面の整形で0.5mm短くなったため、1.5mmを延長)
 

擇捉型 4

04-1 艦首

松輪と笠戸の艦首平面です。
砲側弾薬筺や絡車の位置に変化が見られます。
砲側弾薬筺は、写真を見ると舷窓の減少と同じ時期に変わっているようです。
以前書きましたように、笠戸の図面は福江の一部訂正です。
この部分では艦首のフェアリーダー部のみ訂正されています。

04-2 艦尾

松輪と笠戸の艦尾平面です。
笠戸では爆雷投下台から爆雷投下軌条に訂正されています。
それに伴い小錨の位置も訂正されています。
訂正前の福江では、これは松輪と同位置と思われます。

最近は公私共に忙しく、模型にはまったく触れられていません。
申し訳ありませんが、今回は図のみとなります。

擇捉型 4.5

少しずつ模型作成をはじめましたが、本格的な再開はもう少し先となります。
申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

擇捉型の各艦の起工を順に並べると、以下のようになります。

松輪  S.17. 2.20.起工  S.18. 3.23.竣工  三井造船玉野造船所
佐渡  S.17 .2.21.起工  S.18. 3.27.竣工  日本鋼管鶴見造船所
隠岐  S.17. 2.27.起工  S.18. 3.28.竣工  浦賀船渠
擇捉  S.17. 3.23.起工  S.18. 5.15.竣工  日立造船桜島造船所
壱岐  S.17. 5. 2.起工  S.18. 5.31.竣工  三井造船玉野造船所
対馬  S.17. 6.20.起工  S.18. 7.28.竣工  日本鋼管鶴見造船所
若宮  S.17. 7.16.起工  S.18. 8.10.竣工  三井造船玉野造船所
六連  S.17. 7.25.起工  S.18. 7.31.竣工  日立造船桜島造船所
福江  S.17.10.30.起工  S.18. 6.28.竣工  浦賀船渠
平戸  S.17.11. 2.起工  S.18. 9.28.竣工  日立造船桜島造船所
満珠  S.18. 2.15.起工  S.18.11.30.竣工  三井造船玉野造船所
天草  S.18. 4. 5.起工  S.18.11.20.竣工  日立造船桜島造船所
干珠  S.18. 4. 8.起工  S.18.10.30.竣工  浦賀船渠
笠戸  S.18. 8.10.起工  S.19. 2.27.竣工  浦賀船渠

公式図と写真から、船体の変化は3つに分けられるように思えます。
まず松輪・佐渡・隠岐は起工日がほぼ同時であり、松輪と同様の船体だと思います。
擇捉は舷窓が少なくなっています。
また、壱岐の公式図では煙突の後ろにある機械室天窓が廃止されています。
擇捉以降の各艦は多少簡略化された船体だと思われます。
そして、福江・干珠・笠戸の浦賀船渠建造艦はスパンウォーターの廃止など、更に簡略化され、干珠・笠戸は艦首のフェアリーダーも変更になっています。

なお、装備品等は各艦で違いがあります。
ちなみに前部マストの22号電探は、新造時の擇捉の写真では未装備ですが、壱岐の公式図では装備状態で描かれていますのでこれ以降の艦は装備された状態で完成したものと思われます。
また防雷具は、松輪・壱岐の公式図では4基装備ですが、福江の公式図(笠戸の公式図ではこの部分は改訂されていないため)や平戸の写真では2基のみの装備となっています。
ただ、その間の艦は資料が無いため、どの艦から2基装備になったのかは不明です。
艦載艇は、松輪や壱岐の図面では6mカッター2隻と6m内火艇2隻の計4隻ですが、擇捉の写真では左舷の内火艇が、笠戸(福江・干珠)の公式図や対馬の終戦時の写真では右舷の内火艇がありません。
(他の艦は資料が無く不明です)
プロフィール

老猿

Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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