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大和 1

戦艦 大和の考証です。

武蔵

上の写真は武蔵のシールド付高角砲です。
(上は「日本海軍艦艇写真集別巻 戦艦大和・武蔵 ダイヤモンド社」P.65、下は同P.88より)
シールド前面には固定式の手摺が有ります。

大和-1

これらの写真は大和のシールド付高角砲で、上より昭和16年9月(「日本海軍艦艇写真集別巻 戦艦大和・武蔵 ダイヤモンド社」P.8より)、昭和17年(「歴史群像 太平洋戦史シリーズNo.20 大和型戦艦2 学習研究社」P.38より)、昭和20年1月(「日本海軍艦艇写真集別巻 戦艦大和・武蔵 ダイヤモンド社」P.101より)です。
何れの写真にもシールド前面に手摺は写っていません。

大和-2

17年の写真に写っている手摺は、副砲の測距儀の上にある物です。
20年の写真では、照準窓のシャッター部のラインがわかりますが、それが手摺によって途切れているところはありません。
シールド付高角砲の前面に手摺があるのは武蔵のみで、大和には付いていないようです。

今回及び次回の大和の記事は、以前「模型 海と空」の掲示板に書き込み、そこで色々と検証していただきました。
そのとき、大和の海底調査のビデオでもやはり手摺は見当たらないとの情報をいただきました。
検証に参加していただいた皆さん、ありがとうございました。


追記

高角砲

株式会社バップから発売されているDVD「戦艦大和 深海に眠る、栄光と伝説の全て」からのキャプチャー画像です。
1999年に行われた大和の海底探査時のもので、上は12.7cm高角砲シールドです。
やはり、手摺はありません。
手摺のみ朽ちたという可能性は、下の副砲後面にある手摺が残っていることから無いと思われます。
(副砲は裏返しになっているため、上が床面になります)

大和 2

大和-3左舷

大和の艦尾両舷には錨がありますが、左右同じものではなく左舷は中錨、右舷は小錨となっています。
左舷の中錨付近は従来の図や模型と同じです。
(写真は「日本海軍艦艇写真集別巻 戦艦大和・武蔵 ダイヤモンド社」P.31より)

大和-3右舷

右舷の小錨付近は、左舷とは違っています。
小錨の前方にも開口部があります。
(写真は「日本海軍艦艇写真集別巻 戦艦大和・武蔵 ダイヤモンド社」P.33より)

大和-4

上写真(「日本海軍艦艇写真集別巻 戦艦大和・武蔵 ダイヤモンド社」P.25より)では、小錨よりも前方から光が漏れていますし、左舷からの下写真(「日本海軍艦艇写真集別巻 戦艦大和・武蔵 ダイヤモンド社」P.31より)でも、カタパルト前の開口部のさらに前に小さな光点があります。

小錨の上にある2つの黒い点は、軽め穴かと思っていましたが、「模型 海と空」での検証時にこの小錨用のダビットのソケットではないかとの指摘がありました。
小錨の中心とこの黒い点は多少ずれているようにも見えますので、その可能性は高いと思います。

大和-5艦尾

レイテ戦時の大和の艦尾には、黒い点が4つ写っています。
爆雷投下台ではないかと思っていましたが、検証時には25mm単装機銃用の弾薬箱ではないかとの意見がありました。
ただ、25mm単装機銃が従来の図に描かれているように舷側から離れた位置にあるならば、ここに弾薬箱を置くのは射撃方向から見て危険であると思います。
ただ、逆にこの黒い点の間の舷側寄りに機銃が設置されていたならば、これが弾薬箱でもおかしくありません。
残念ながら、これが何であるかは結論が出ませんでした。

大和型 3

記事の投稿が遅れまして、申し訳ありません。
仕事が落ち着くどころか増えていて、じっくり考証をする気力がありません。
今回も小ネタになりますがよろしくお願いいたします。

武蔵 流し場1

武蔵の流し場(洗い場)についてです。
まず右舷中央付近を写した写真では、後部艦橋付近の舷側にある流し場は木甲板に囲いを付けただけの簡易的なものとなっています。
写真1では流し場の中に木甲板の継ぎ目が見え、しかも囲いの中と外で繋がるように伸びています。

武蔵 流し場2

しかしその前、2番副砲付近の流し場は違っています。
流し場の中には2本の溝があるようです。
この溝に見える線は囲いの外の木甲板の継ぎ目との位置もずれており、この流し場は写真1のような木甲板に囲いを付けただけのものとは違っています。
写真3は陸奥の2番主砲横の流し場ですが、同様に2本の溝があるのがわかります。
写真2の流し場は、本来の中がセメント敷きの流し場だと思われます。

大和 流し場

さて、大和の流し場はどうだったのでしょうか。
大和の建造中の写真には、左舷後部の流し場が写っています。
2本の溝が写っており、セメント敷きの流し場だとわかります。

ここからは推定ですが、もともと流し場は本来のセメント敷きで設計され大和はそのとおりに作られたものと思います。
しかし、武蔵は建造途中の工期短縮のため、一部が木甲板に囲いを付けただけの簡易なものとなったのではないかと思います。

写真1 日本海軍艦艇写真集 戦艦大和・武蔵 ダイヤモンド社 P.65より
写真2 日本海軍艦艇写真集 戦艦大和・武蔵 ダイヤモンド社 P.64より
写真3 世界の艦船増刊 新版・連合艦隊華やかなりし頃 海人社 P.92より
写真4 日本海軍艦艇写真集 戦艦大和・武蔵 ダイヤモンド社 P.11より
プロフィール

老猿

Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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