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隼鷹 1

航空母艦 隼鷹の考証です。
マイクロフィルムに記録された図面の中に、隼鷹の図面が幾つかありました。
「上部平面 3/14」「飛行甲板平面 4/14」「最上甲板平面 6/14」「上甲板平面 7/14」「中甲板平面 8/14」「下甲板平面 9/14」「最下甲板平面 10/14」「船艙平面 11/14」「諸要部切断(前部) 13/14」「諸要部切断(後部) 14/14」の10枚です。
欠けた4枚は舷外側面・艦内側面・機銃甲板平面と、たぶん艦橋装置だと思います。
この図面の特徴は、噴進砲が描かれている事です。
残念ながら撮影時のピントが合っていなく、細かな文字はほとんど判読不能ですが、改定欄には「18.11.1.」と「19.10.末」と書かれており、隼鷹の竣工時の完成図を元に書き換えられた物と思います。

この図面と実艦の写真を比較してみると、何箇所か違いが見られ検証の必要を感じました。
とはいえ、写真では判らない部分も多く、また見落としもあるかもしれません。
何か気付いた点がありましたら、どうかお知らせください。

隼鷹 2

この図面の検証をしてみると以下の点がわかりました。
最上甲板平面と飛行甲板平面は、改定欄には「19.10.末」とあるものの噴進砲増備後の状態ではなく「18.11.1.」のままである事。
上部平面には噴進砲やマリアナ沖海戦後に増備された機銃が描かれていますが、それらの中には写真と合わない部分もある事。
「19.10.末」の改定分は、計画されたものの可能性が高いようです。

02-1 最上甲板艦首

艦首部の最上甲板平面です。
ボラードとフェアリーダーの緑の線で表した部分は、この上にある機銃座が新設された際に撤去されました。
なお、グレーで表した線はその機銃座基部ですが、詳しい事は後日書きます。
この艦首部の後方は士官室や司令官公室などがあり、赤い丸は窓の位置です。
飛行甲板を支える支柱は2本あり、諸要部断面の肋材233番断面には垂直に立てられた支柱が描かれています。

02-3 艦首支柱

支柱の断面は後方が細めの楕円形です。
しかし、昭和19年末に艦首を損傷しその修理後は四角形の断面形状となり、さらに飛行甲板前端にこれより細い支柱が2本追加されています(写真の赤い矢印、図の青い四角)。
(上写真「世界の艦船増刊 日本航空母艦史 海人社」P.93より、下写真「丸スペシャルNo.56 日本の空母III 潮書房」P.63より)
飛行甲板への梯子は、竣工時の図面では右舷の1本のみ、この19年の図面では2本描かれていますが、写真を見ると竣工時から2本あるようにも思えます。
マリアナ海戦後に艦首前端に増設された25mm3連装機銃ですが、上部平面では八角形の機銃座が描かれています。
ただ甲板にある滑り止めの印やムアリングパイプは、それに重なるようにそのまま描かれており、昭和19年末の写真にもそれがあるようには見えません。
また、終戦後の写真では甲板上に直接防弾板が設置されていることから、八角形の機銃座は計画のみで実際には甲板に直置きではないかと思います。

隼鷹 3

03-1 前部機銃座

艦首付近の武装の変化です。
一番上は新造時です。
2番目はマリアナ沖海戦時で、25mm3連装機銃が増備されています。
これに伴い、飛行甲板脇の作業員控所は撤去されました。
次はマリアナ沖海戦後の武装増強をされた状態です。
噴進砲と25mm単装機銃が増備されました。
なお、噴進砲座の形状は写真でも検証し確認済みです。
射撃指揮装置は、直前の機銃用のものが噴進砲用に転用されています。
一番下は、昭和20年時の左舷の機銃座です。
昭和19年末に被雷による損傷修理時に、左舷の機銃座のみ角型の機銃座となりました。

モデルアート誌に、25mm3連装機銃が噴進砲搭載とともに単装機銃に変えられたとする考証がありました。
しかし、昭和19年末の被雷時の写真では、損傷のためか銃身は1本しか見えないものの3連装機銃用の防弾板を付けた機銃が写っており、単装機銃への換装は無いと思います。
また修理後も、左舷の機銃座は(角形にはなりましたが)以前と同様の形状であり、3連装機銃で修復されたと思います。
ところで、この3連装機銃に取り付けられた防弾板ですが、マリアナ沖海戦までに装備されていた16基にはこれがあります。
しかし、その後に増備されたものには防弾板は取り付けられてはいません。

飛行甲板上の滑走制止策にも変化がありますが、これは着艦制動索の変化とあわせて後日書きます。

隼鷹 4

04-1 前部機銃座支柱

艦首に増設された機銃座の下面の写真を集めてみました。
写真1 昭和19年5月「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.9より
写真2 昭和19年12月「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.51より
写真3 昭和19年12月「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.55より
写真4 昭和20年9月「世界の艦船増刊 日本航空母艦史 海人社」P.93より
昭和20年12月の艦首損傷による修理により機銃座が角形になり、それに伴い機銃座下部の補強材も変化しました。
変化後は写真4により構造が判りますが、変化前のものは写真が不鮮明でいまいち判り難いです。
しかし、写真4で機銃座の後方にある射撃指揮装置の部分は以前のまま残っており、これは変化前の機銃座と同様の構造のようです。
これを参考にして描いたのが右下の図です。

04-2 前部機銃座基部

さて機銃座の船体側ですが、公式図の最上甲板平面ではこのような線が描かれています。この船体側の線が何を現しているのかはっきりしません。
肋材220番切断では機銃座の奥に弾薬格納所があるのが判りますが、これを含めた機銃座平面を示しているのか、最上甲板における機銃座下の構造物を示しているのか。
写真4では舷側の支持構造物の周辺が閉鎖されている事が判りますが、支持構造物間のフェアリーダー部は開口されていますし、ここから反対側の光が漏れている写真もあります。
また、肋材220番切断では機銃座の支持構造物が赤い線のところまで続いている事もわかります。
これ以上は残念ながら不明です。
なおこの機銃座下部の閉鎖により、水面見張所へ続く舷外通路は艦首部から行けなくなりましたので、前端(緑色の線で描いた部分)が撤去されました。

隼鷹 5

05-1 水面見張所付近

噴進砲増備前の水面見張所に続く舷外通路です。
ここは防雷具の作業場でもあり、艦首側の狭い部分以外は滑り止め付の鉄甲板です。
また、右舷と左舷では形状が違います。
左舷には電動測深儀とそれ用の桁がありますが、これは新造時には艦首錨甲板の赤い矢印の位置にありました。
機銃増備の際に移設されたものと思われます。
なお、この公式図の最上甲板平面では水面見張所の前後の長さが、右舷と左舷でわずかに違います(右舷が長い)。
これが実際にそうであったのか、それとも図面の書き間違いかは写真からでは判断できませんでした。

05-2 水面見張所付近-2

噴進砲が増備されると、ここにはそれを支える支柱が立てられました。
写真(「世界の艦船増刊 日本航空母艦史 海人社」P.93より)でこの支柱の傾きは揃っていませんが、これはこの舷外通路の外側に沿って立てられているためです。
また、舷外通路の支柱の根元には補強用板が付けられています(図の太い線の部分、左舷のみ艦首側の舷外通路の一部にブルワークがあります)。
噴進砲座の裏にも縦横に補強板が付けられています。
防雷具は撤去され、水面見張所の上(高角砲に続く所)に上がるための梯子も撤去されました。
噴進砲座はグレーの線で描いていますが、これには舷側側にブルワークはありません。
ただ、防炎用として?太い線で描いた部分のみブルワークがあります。
また、射撃指揮装置との境は光対策のためか、一部が一段高くなっています。

05-3 水面見張所付近-3

この舷外通路と水面見張所の下面ですが、新造時の側面図では補強支柱もしくは補強板が並んでいるように描かれています。
しかし、噴進砲が増備される前からここはより強固な構造となっていたようです。
(左 昭和19年5月「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.9より、右 昭和19年12月「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.23より)
新造時の頃の写真では、この部分が判るものが無くどうなっていたのかは不明です。

プロフィール

老猿

Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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