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伊373型(丁型改)

伊373型ですが、海人社の「日本潜水艦史」や大日本絵画社の「日本海軍の潜水艦」には写真や図面が発見されておらず詳細不明と書かれています。
しかし、戦前船舶研究会のDVD図面集には「第2962号艦型 諸タンク容量及重心位置図」というものがあります。
この第2962号艦型というのが、伊373型のことなのです。

2962号艦

この図面には、各タンク類の容量等が一覧表として書いてあるのですが、そのタンク類の位置を示すために簡略化された艦内側面図と水線付近の平面図が描かれています。
(上図はタンク類を省略して描いています)
平面は丁型と同様にずんぐりとしており、実際に伊365の入渠用図と重ねてもほとんど差がありません。
側面図は大体の外見がわかるのみですが、それでもこの艦型の特徴がわかります。
まず船体艦尾付近ですが、丁型にあった段差がありません。
そのため、丁型にあった通船架台用の窪みも無いと思われます。
そして艦橋後方が延長され雛壇状になっています。
これは丁型改の武装に関係すると思われます。
丁型改の武装は25mm機銃が7門と、8cm連装迫撃砲が2基とされています。
機銃7門の内訳ですが、「3連装1基と連装2基」「連装3基と単装1基」の2つの説があります。
ただ、たいへんお世話になっていますT氏の情報で一般計画要領書には前者が書いてあるとの事です。
この25mm機銃7門というのは、伊351型(潜補)と同じであり、伊351の写真で艦橋後部に雛壇状に装備された連装2基が確認できること、そしてこの諸タンク容量図にある艦橋形状から、この373型も同様の機銃配置であったと推定しています。

丁型・丁型改

丁型及び丁型改の推定図です。
(クリックで拡大します)
伊373の武装は、前甲板に25mm3連装機銃、艦橋上に25mm連装機銃2基で描いてあります。
迫撃砲は詳細不明なため、描いていません。
なお、丁型にも潜望鏡が2本と短波檣があります。
艦中心線上にある2本は、前が第2潜望鏡で後が短波檣です。
第1潜望鏡は第2潜望鏡の左舷側にあり側面図では重なっています。
シュノーケルは、伊58のように給排気筒が艦の前後に並んでいるのではなく、横に並んでいます。

吹雪型 1

特型駆逐艦のI型の船首楼には、短船首楼型の吹雪・白雪・東雲・薄雲・白雲・磯波、長船首楼型の初雪・叢雲、右舷が短で左舷が長という深雪の3種類があります。
今回は短船首楼型についての考証です。

まず結論から書きますと、性能改善工事では船首楼の延長はありません。

01-01 短船首楼 右舷

上の図は性能改善後の白雲の上甲板平面を参考にして描きましたが、改装前も変わりはありません。
平面図では右舷の船首楼後端が長いようにみえますが、新造時は左舷の船体ラインと揃えるために軽質油庫のほとんどが船外に露出した形で設置されていました。(側面図の青い部分)
平面図の赤い線は船首楼後端の甲板面ですが、軽質油庫の上は梯子につながる部分のみとなっています。
写真1は昭和3年の薄雲ですが、この艦以外の写真でも軽質油庫は確認できます。
ただ、舷側より若干奥まっていますので、前方より撮影された写真では確認できないものもあります。
性能改善工事の際には軽質油庫の後端まで船体側面が延長され、上甲板へ続くプレートの形状変更がありました。
しかし、白雲の場合は甲板面(舷側の曲面部も含む)は以前のままで軽質油庫の一部は露出しています。

01-02 短船首楼 左舷

左舷は右舷側の船体ラインと揃えるために、後方まで延びていたプレートの一部をカットしています。
そのためプレートのラインが途中で折れるような形となっています。

01-03 白雪
01-04 薄雲・東雲

写真3は昭和18年の白雪です。
右舷の甲板面が以前のままであり軽質油庫の上面が見えています。
また左舷のプレートの折れたラインも確認できます。
写真4は昭和15年の薄雲です。
不鮮明ながら左舷プレートの折れたラインが確認できます。
写真5は昭和11年の東雲です。
煙突基部に妙な光があるため確認しにくいですが、左舷の上端は右舷よりも角度が緩やかです。
なお、右舷舷側の曲部が船首楼後端まであるようですので、軽質油庫の上も甲板が伸ばされているかもしれません。

写真1 日本海軍艦艇写真集 駆逐艦 ダイヤモンド社 P.53より
写真2 写真日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ社 P.585より
写真3 写真日本の軍艦第10巻 駆逐艦I 光人社 P.89より
写真4 写真日本の軍艦第10巻 駆逐艦I 光人社 P.117より
写真5 写真日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ社 P.589より


2019年8月4日 改訂


吹雪型 2

02-01 長船首楼

私の資料にはI型の長船首楼型の上甲板平面はありませんでしたので、代わりにI型改の浦波の上甲板平面です。
短船首楼型との違いは、右舷は兵員室が若干広くなり、左舷は流し場の艦内への移設です。

02-02 初雪

初雪は昭和10年の第4艦隊事件で艦首を失い、その復旧工事の際に船首楼を短縮しました。
艦内にあった流し場が艦外に移された他、兵員室が下甲板に士官室が上甲板に変わりました。(兵員室が下甲板・士官室が上甲板という配置は新造時の暁型から変更になっています)
改装後平面図の赤い線は短船首楼型の船首楼後端です。
(ヤマシタホビーの吹雪は改装後の初雪の船首楼となっていますので、初雪以外の艦は要注意です)
なお、叢雲の船首楼は改装後も変更が無いようです。

02-03 白雲

白雲の公式図の矛盾点について書きます。
白雲の公式図には「舷外側面」「艦内側面」「諸甲板平面」があります。
このうち「艦内側面」「諸甲板平面」の表題部は損傷で判読できないのですが、「舷外側面」の表題脇にある「自昭和十一年三月二日 至昭和十一年七月二十七日期間 株式会社藤永田造船所ニ於テ改装工事施工」という文字の一部と監督官や造船部長の印がそれらにも確認できますし、艦尾の爆雷兵装等の配置などからこの3枚は改装後のものと判断できます。
この3枚の公式図の矛盾は烹炊室煙突の位置と形状です。
「舷外側面」では図のように艦橋後方に描かれてあり、先端の形状も違います。
(写真1は新造時の白雲です)
ここに烹炊室煙突があるということはこの下に烹炊室があるということで船首楼が延長されたように思えます。
しかし、「艦内側面」の烹炊室煙突は新造時のままで「諸甲板平面」でも船首楼の延長は描かれていません。
「艦内側面」の烹炊室煙突はともかく、「諸甲板平面」で船首楼延長のような大変更を描き忘れるということは無いはずです。
しかし、行っていない烹炊室煙突の変更を描き直すことも考えられません。

さてここで発想を変えてみましょう。
「舷外側面」の烹炊室煙突がこの工事の際に書き直されたのではなく、元からこの様に描かれていたとしたらどうでしょうか。
公式図は同型艦のものを流用し、それに修正を加えて仕上げるということが良くあります。この位置そして形状の烹炊室煙突を探してみますと、白雲と同じく藤永田造船所で建造された叢雲がそうでした。(写真2)
しかし問題があり、煙突基部の烹炊室給気筒が白雲の「舷外側面」では描かれていないのです。
そこで白雲の「舷外側面」の該当部をよく見てみると、本来烹炊室給気筒があるはずの位置に描かれている煙突の線が曲がってかかれています。
つまりこの工事の際に追加された缶室給気筒を描く際に、烹炊室給気筒が消されこの様に描き直されたようです。
上構の重量を減らすための工事で、流し場を艦内に移す必要は無いですし、容積が不足していたわけでもありません。
艦内配置の変更が行われた初雪以外の艦は、船首楼の変更は無かったものと考えられます。

公式図はある程度大きな改装で描き直されるようですが、その際に行われた工事のみ反映され、それ以前に行われた小改造はそのままということもあります。
もちろん描き間違いも存在している可能性もあります。
公式図のみを信用はできませんが、写真などが残っておらず検証できない艦が多いのも事実です。
そのような場合、公式図は実艦に近い姿を表しているものであり、実艦そのものでは無いという認識が必要だと改めて思いました。

写真1 写真日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ社 P.591より
写真2 写真日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ社 P.588より

2019年8月4日改訂


プロフィール

老猿

Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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