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吹雪型 3

特型 I-煙突

性能改善工事による大きな変化として、煙突の高さを低くした事があげられます。
しかし、これは全艦に行われたものではないようです。
初雪の公式図では煙突は低く描かれていますが、白雲では元のままの高さです。

特型 I-煙突2

写真で検証してみます。
叢雲と薄雲は写真が鮮明ではないため、艦橋と第1煙突に初雪の図を重ねてあります。

吹雪は低くなっています。
(昭和11年3月 「写真 日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ」P.585より)
白雪は、側面から撮影された改装後の写真が見当たりません。
しかし、前々回の「吹雪型 1」に使用した昭和18年の写真では、第2煙突と直後の探照燈の見え方から煙突は低くなっているようです。
初雪も公式図のように低くなっています。
(昭和12年10月 「写真 日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ」P.587より)
叢雲も低くなっています。
(昭和14年 「歴史群像 太平洋戦史シリーズNo.70 完全版 特型駆逐艦 学習研究社」P.7より)
東雲は、高さに変更は無いようです。
(昭和12年10月 「写真 日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ」P.589より)
薄雲は低くなっています。
(昭和15年 「丸スペシャルNo. 7 特型駆逐艦I 潮書房」P.59より)
白雲は改装後の写真が見当たりません。
公式図では、舷外側面と船内側面の両方が高さ変更無しの状態で描かれていますが、確認はできませんでした。
磯波は高いままのようですが、この写真は入渠中のものですので、これ以降に変更があった可能性もあります。
これ以外には改装後の写真は見当たりませんでした。
(昭和10年末~11年初め 「丸スペシャルNo.17 特型駆逐艦II 潮書房」P.10より)

白露型 0.5


時雨・五月雨-艦尾

白露型の公式図といえば、「昭和造船史別冊 日本海軍艦艇図面集 原書房」に収録されている五月雨が有名です。
それ以外には時雨の公式図も残っていますが、この時雨で気付いた点があります。
艦尾にある爆雷投射機2基以外の爆雷兵装ですが、時雨には投下軌条は無く、投下台が4基設置されています。
このうち前方のものは手動式で、描かれている大きさから初春型の物と同じ2個載と思われます。
後方のものは水圧式で、こちらは五月雨にも2基設置されています。
白露の艦内側面図でも、時雨と同じように描かれています。
3番艦の村雨の写真には投下軌条の張り出しがありますので、白露と時雨のみが投下軌条が無かったものと思われます。
なお、薄いグレーの線で描いた軌条は掃海具装備台で、取り外し式のものです。
五月雨の爆雷投下軌条は爆雷が縦に置かれているタイプのもので、片舷5個で描かれています。
(参考図面 戦前船舶研究会のDVD図面集より 「五月雨 諸甲板及船艙平面[後部]」)

海風-艦尾

海風では多少各装備品の配置が変わっている他、リノリウム張りの範囲(茶色の線・五月雨も同じ)も変わっています。
(参考図面 戦前船舶研究会のDVD図面集より 「海風 後部上甲板艤装[後部繋留装置]」)
 

隼鷹 1

航空母艦 隼鷹の考証です。
マイクロフィルムに記録された図面の中に、隼鷹の図面が幾つかありました。
「上部平面 3/14」「飛行甲板平面 4/14」「最上甲板平面 6/14」「上甲板平面 7/14」「中甲板平面 8/14」「下甲板平面 9/14」「最下甲板平面 10/14」「船艙平面 11/14」「諸要部切断(前部) 13/14」「諸要部切断(後部) 14/14」の10枚です。
欠けた4枚は舷外側面・艦内側面・機銃甲板平面と、たぶん艦橋装置だと思います。
この図面の特徴は、噴進砲が描かれている事です。
残念ながら撮影時のピントが合っていなく、細かな文字はほとんど判読不能ですが、改定欄には「18.11.1.」と「19.10.末」と書かれており、隼鷹の竣工時の完成図を元に書き換えられた物と思います。

この図面と実艦の写真を比較してみると、何箇所か違いが見られ検証の必要を感じました。
とはいえ、写真では判らない部分も多く、また見落としもあるかもしれません。
何か気付いた点がありましたら、どうかお知らせください。

プロフィール

老猿

Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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