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謹賀新年

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

昨年より始めましたこのブログ、それほどネタがあるわけではありませんのですぐに止まると思っていました。
しかし、阿賀野型などは調べ始めると色々と相違点が見つかり、結局これだけで数ヶ月もかかりました。
まだまだ研究の余地はあるようです。
とはいえ、もともとの持ちネタはほとんど書いてしまいましたが。

昨年は、12月の半ばに仕事で左手の親指の先を丸鋸で5mmほど削ってしまうという怪我をし(元のように直るとの事ですので心配は無いのですが)、さらに大晦日は風邪でさっぱり食欲がわかないという散々な終わり方でしたが、本日は体調もよく一年の始まりとしては悪くは無いかなと思っています。

隼鷹 6

07-1 2・4番高角砲

昭和19年10月の左舷2・4番高角砲座です。
マリアナ沖海戦後の機銃増備で、2・4番高角砲座間の弾薬供給所の上にある兵員控所に25mm単装機銃が2基搭載されました。
それに伴い台形の防弾板が設置されています。
(写真1 「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.52より)
公式図の上部平面では、この2基の単装機銃はこの図よりもいくらか艦尾寄りに描かれています。
図は写真の防弾板から位置を推測して描いてあります。
終戦時には、この防弾板の間に円形の張り出しがあります。
これが何のためか、ここに何か設置されていたのか等は不明です。
(写真2 「世界の艦船増刊 日本航空母艦史 海人社」P.93より、写真3 「世界の艦船増刊 日本航空母艦史2011版 海人社」P.75より)
高角砲座に支柱が取り付けられ、その間に空中線が張られています。
これは新造時の公式図にはありませんが、昭和19年5月頃の写真には写っています。
(写真4 「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.12より)
文字は不鮮明で判読し難いですが、予備受信用空中線と書いてあるようです。

07-2 2番高角砲

2番高角砲座の断面です。
1・2番高角砲座の下部は補強板ではなく円錐形の構造になっています。
船体側は補強板によって塞がれた形になっています(赤い矢印)が、艦尾側の補強板には軽め穴が開いているようです。
(写真左 上の写真2と同じ 写真右 上の写真1と同じ)

07-3 4番高角砲

4番高角砲座の断面はありませんでしたので、同じ構造の6番高角砲座の断面です。
4番高角砲座にのみ、支柱根元に補強板が付けられています(赤い矢印)
高角砲座下面の船体側の補強板に付けられた軽め穴にも差異が見られます。
(写真左 上の写真2と同じ 写真右 上の写真1と同じ)

隼鷹 7

08-1 短艇付近

救命艇フラット付近です。
左舷の4番高角砲座と救命艇フラットでは、高角砲座のほうがわずかに高いためその間には階段があります。
9mカッターのダビットは、ラフィング型です。
(写真1 「写真 日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ」P.377より)
この救命艇フラットの上には予備艦橋があり、従羅針儀が設置されています。
その艦尾側には110cm探照燈格納所、さらに第二方位測定室があります。
方位測定室の上にはループアンテナが設置されており、これは写真でも確認できます。
(写真2 「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.53より)
右舷の救命艇フラットには電動測深儀があります。
なお、左舷の救命艇フラットは最上甲板と同じ高さにありますが、右舷は最上甲板より少し高い位置にあります。

隼鷹 8

09-1 艦橋前部

艦橋前部の変化です。
上より竣工時、マリアナ沖海戦時、昭和19年末時です。
まずはマリアナ沖海戦時までの変化です。
高角砲の射撃指揮装置は竣工時に仮装備した4.5m測距儀から九四式射撃指揮装置に換装されました。
その際に周辺に仮装備されていた各種機器も撤去されています。
シールド付1.5m測距儀がここに設置されました。
またマリアナ沖海戦時の写真では、この測距儀と艦橋の間にはキャンバス製の構造物がありますが、何に使われていたのかは不明です。
(写真1 「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.15より、写真2 「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.17より)
昭和18年11月?には、この艦橋前部の周りに25mm3連装機銃1基と単装3基が装備されました。
一番下の図はこの時の飛行甲板平面ですが、この飛行甲板上にある2基の機銃間の通路には銃側弾薬格納所があり通り抜けはできないようです。
ただ、単装機銃のそばの赤い線で示した所には梯子があります。
またこの単装機銃の操作スペース確保のためか、艦橋の一部がえぐられています。
3連装機銃の設置位置にあった作業員控所は短縮されています。
空中線展張用支柱も変更され、機銃の射界を遮らないようになっています。

次は昭和19年末ごろまでの変化です。
25mm3連装機銃1基が増備されました。
一段高くなっている3連装機銃座のブルワークは前面の一部(飛行甲板側)が欠けており、ここから出入りしたものと思われます。
艦橋上にある2基の単装機銃は、少し艦尾寄りに移設されました。
2基の単装機銃の境にある仕切りは艦首側3/4ほどが他より高くなっています。
1.5m測距儀はシールド無しの状態で、探照燈管制器のあるフラットに移設されたようです。(写真3の赤い矢印)
(写真3 「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.53より)
そのほか昭和19年末の写真では、九四式射撃指揮装置脇にキャンバス製構造物の設置(兵員待機所?)、各3連装機銃座周りに弾薬箱の設置などの変化が見られます。
ところで今回の公式図では、この前部艦橋上にシールド付測距儀と3連装機銃・単装機銃がまとめて描かれており、実艦との違いが見られます。

隼鷹 9

10-1 防空指揮所

防空指揮所と羅針艦橋後部の変化です。
上は竣工時、下は昭和19年10月時です。
残念ながら艦橋装置の公式図は欠けていましたので、上部平面からの作図です。
黄色: 12cm高角双眼鏡五型
緑色: 12cm高角双眼鏡
水色: 12cm双眼鏡
赤色: 8cm高角双眼鏡
ただし、竣工時はほとんどが仮装備で別のものが装備されていました。
増備された8cm高角双眼鏡はマリアナ沖海戦直後の写真(写真2 「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.17より)に写っています。(赤い矢印)
青い矢印は2式哨信儀発受器、紫の矢印はそれの全受器と思われます。
(写真3 「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.9より)
右舷の煙突下の部分は、写真1(丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房)P.22より)で12cm双眼鏡が確認できますが、哨信儀発受器とした場所は終戦後の写真で何かの基部が写っている事からの推定です。
艦橋前面の左舷側にあるのは九〇式無線電話機改四です。

10-2 艦橋マスト

艦橋上にあるマストの変化です。
(日付は写真の撮影時であり、改造日ではありませんので注意してください)
写真1 昭和17年7月  「海軍艦艇史3 航空母艦 KKベストセラーズ」P.171より
空中線用支柱としてのシンプルなもの(赤い矢印は2キロ信号灯)
写真2 昭和18年12月もしくは19年2月 「丸スペシャルNo.130 戦時中の日本空母II 潮書房」P.35より
三脚集合部に見張所設置(煙突の2キロ信号灯の位置変更)
写真3 昭和19年5月  「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.11より
見張所前に架台を設け逆探を設置
写真4 昭和19年10月頃?「丸スペシャルNo.131 戦時中の日本空母III 潮書房」P.49より(写真解説に間違いあり)
マリアナ沖海戦時に損傷した煙突の修理時に、2キロ信号灯を見張所左舷側に移設
写真5 昭和19年12月 「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.52より
三脚部中段に構造物がありますが、用途は不明です。
写真6 終戦後      「世界の艦船増刊 日本航空母艦史 海人社」P.92より
見張所の少し下に左舷側に突き出す形で架台がありますが、これも用途は不明です。
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老猿

Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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