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隼鷹 14

15-1a 右舷側面1

マリアナ沖海戦時頃の、艦首部の右舷側面です。
(クリックで拡大します)

15-1b 右舷側面1

昭和19年末頃の、艦首部の右舷側面です。
(クリックで拡大します)
原書房の「昭和造船史別冊 日本海軍艦艇図面集」の艦内側面から基本形状をだし、上部平面や諸要部断面等を参考にして作図しました。
かなりの部分で推定した所があり、間違っている所もあると思います。
あくまで参考程度でお願いします。

15-2 弾薬格納所

艦首の機銃座の銃側弾薬格納所を検証し直しました。
(写真1 「世界の艦船増刊 日本航空母艦史 海人社」P.92より、写真2 「世界の艦船増刊 日本航空母艦史 海人社」P.93より)
まず艦首側ですが、写真1の黄色い線のように弾薬格納所は機銃座と一致していません。
また青い矢印のように、機銃座の端には支柱が立っているようです。
写真1を明度・コントラスト調整をして見ますと、幾つかの黒い部分が判ります。
このうち赤い矢印は、弾薬格納所の扉が幾つか開いているところだと思われます。
ただ、緑の矢印の所は黒い部分の高さがいくらか違うように感じられます。
この部分で弾薬格納所が、二つに別れているのではないかと推定しました。
諸要部断面で、弾薬格納所は船体より少し奥にあるようです。
写真2では弾薬格納所の扉が確認できますが、他の場所の弾薬格納所を見るとこの扉は観音開きになっているようです。
これらを総合して推定したのが、一番下の図です。
(この記事の投稿後に、公式図「十二糎二十八連装噴進砲装備要領図 第四回」にこの銃側弾薬格納所の一部が描かれていることが判りましたので、その部分を修正してあります。)

15-3 一番高角砲下

一番高角砲の下の部分は、最上甲板平面ではこのように開口部があるように描かれています。
写真(上の写真1と同じ)では、この部分が少し黒く見えています。
水面見張所から短艇フラットへの通路があるのかもしれません。

隼鷹 15

16-1 断面1

諸要部断面その1です。
(クリックで拡大します)
甲板上の黄色い部分は木甲板部です。

今回の考証に参考にしている図面類を改めて説明します。
まずはきっかけとなったマイクロフィルムに収められていた各種平面図で、改訂欄に「18.11.1.」と「19.10.末」とあるものです。
検証してみますと、「18.11.1.」改訂分はしっかりと描かれていますが、「19.10.末」改訂分は各図において必要分のみ直されています。
そのため、各図において幾らかつじつまの合わないところもあります。
しかし、これをうまく検証する事により、「19.10.末」以前の状態も推定できそうです。
また、「19.10.末」改訂分は写真とも合わない点があり計画図の可能性が高いようです。
この図面は3枚もしくは2枚に分けて撮影されており、その時の歪もかなりあります。
つぎは原書房の「昭和造船史別冊 日本海軍艦艇図面集」にある新造時の上部平面と艦内側面です。
歪も無いようですので前回の側面図を描くときの基準にしています。
最後は光人社の「写真 日本の軍艦 別巻2 海軍艦艇図面集II」の舷外側面です。
上記の「昭和造船史別冊 日本海軍艦艇図面集」には残念ながら舷外側面は載っていませんので、これを参考にしています。
これは公式図を元に描かれている図なのですが、上記の艦内側面と重ね合わせてみるといろいろ問題がある図です。(同頁にある上部平面では、正方形であるはずの前部エレベーターが長方形になっています)
これらの新造時の図面にも、写真と合わない点がありますので、検証は必要かと思います。

隼鷹 16

17-1a 左舷側面1

マリアナ沖海戦時頃の、艦首部の左舷側面です。
(クリックで拡大します)

17-1b 左舷側面1

昭和19年末頃の、艦首部の左舷側面です。
(クリックで拡大します)

17-2 弾薬供給所

艦首からの舷外電路は、右舷と左舷では微妙に違っています。
(写真1 「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.9より)
舷窓の位置も若干違っているようです。
2・4番高角砲の間にある弾薬供給所の上面は面一ではなく、2つの段差があります。
(写真2 「歴史群像 太平洋戦史シリーズNo.22 空母 大鳳・信濃 学習研究社」P.120より)
艦尾側は作業員控所となっており、長椅子が置かれています。
手摺は中央部と艦尾側のみで、艦首側には無いようです。
(写真3 「歴史群像 太平洋戦史シリーズNo.22 空母 大鳳・信濃 学習研究社」P.123より)

17-3 飛行甲板前端

隼鷹の公式図の上部平面では、飛行甲板の前端の角は丸く描かれています。
しかし、新造時の写真4(「世界の艦船増刊 日本航空母艦史 海人社」P.90より)や昭和19年5月頃の写真5(上の写真1と同じ)を見ると、角は丸くはなっていないようです。
写真6は昭和17年~18年の飛鷹型とされる写真で、飛鷹・隼鷹のどちらかなのかは不明です。(「海軍艦艇史3 航空母艦 KKベストセラーズ」P.170より)
あまり鮮明ではありませんので確実とはいえませんが、角は丸くなっているように見えます。
もしかすると飛行甲板前端の角は、飛鷹が丸くなっているのかもしれません。
そして隼鷹の公式図は飛鷹のものを元に(参考に)作成されたのかもしれません。
隼鷹の舷外側面(前回書いたようにオリジナルは見ていないため、参考にしている「写真 日本の軍艦 別巻2 海軍艦艇図面集II」の図が間違っている可能性もあります)で写真と違っている水面見張所付近や1・2番高角砲座の基部は、飛鷹との差異であるのかもしれません。
飛鷹は写真がほとんど残っていない為、以上はあくまでも推測の域を出ないのが残念です。

隼鷹 17

18-1a 右舷側面2

マリアナ沖海戦時頃の、艦橋部の右舷側面です。
(クリックで拡大します)
マリアナ沖海戦時は艦橋に防御用のロープがありますが、図では省略しています。
防空指揮所の周りや羅針艦橋の窓周辺には防弾板が装着されています。
また、この時期の写真には鮮明なものが無く、伝声管類は不明なため書き入れていません。

18-1b 右舷側面2

昭和19年末頃の、艦橋部の右舷側面です。
(クリックで拡大します)
煙突の途中にあった通風口や雨除けは、マリアナ沖海戦時での損傷修理の際には省略されたようです。

18-2 煙突配管

煙突周辺の蒸気捨管等の位置は、かなり推定が入っています。
マリアナ海戦時頃の図では、煙突前部にあるサイレンへの配管が写真1(「世界の艦船増刊 日本航空母艦史 海人社」P.90より)である程度わかるものの、後部は写真が無く光人社の「写真 日本の軍艦 別巻2 海軍艦艇図面集II」の舷外側面を参考にしました。
昭和19年末頃の図はは、割と鮮明な終戦後の写真を参考にしていますが空中線支柱用の張り出しの下周辺は暗くて不明です。
また写真2(「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.53より)や写真3(「写真 日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ」P.378より)に見えるサイレン?への配管は不明です。


訂正報告  「隼鷹 8」の昭和19年末頃の図で、増設された25mm三連装機銃座の大きさ(幅)と位置、弾薬箱の位置に間違いがありましたので訂正します。
プロフィール

老猿

Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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