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隼鷹 23

24-1 左舷高射装置

左舷後部の九四式高射装置付近です。
新造時、ここには4.5m高角測距儀とその周辺機器が設置されており、九四式高射装置は後日装備とされました。
高射装置の艦首側にある張り出しは、その周辺機器が設置されていた所で、測距儀の邪魔にならないように幾らか下がっています。(赤い矢印)
(写真1 「世界の艦船増刊 日本航空母艦史 海人社」P.93より)
また、ここには25mm単装機銃が1基設置されています。
この機銃は、公式図の諸要部断面にも描かれています。
諸要部断面は、外形部分はマリアナ沖海戦時以前(改訂欄の昭和18年11月時か?)の状態で描かれていますので、この機銃もマリアナ沖海戦時以前よりあったものと思われます。
ところで、以前書きました「日本空母物語 福井静夫著作集第七巻 光人社」の巻末にある「あ号作戦後の兵装増備の状況調査」には、増備前の単装機銃は12基となっています。
この配置図における12機の単装機銃の位置には疑問点がありますが、公式図と写真から、艦首最上甲板に2基・艦橋前に3基・艦橋後に1基、この高射装置前に1基の計7基となり、さらに傾斜試験時の写真に写っている飛行甲板上の移動式5基を加えると12基となり、数のほうは一致します。

九四式高射装置の設置されている部分の船体側上面には、3箇所の開口部があります。
この開口部の下には左舷主機械室給気路があるためで、この張り出し部の側面にもそれ用の開口部があります。
ただ、最上甲板平面で判るように、この吸気口は張り出し部には収まりきらず、その一部は張り出しから出ています。(緑の矢印)
(写真2 「歴史群像 太平洋戦史シリーズNo.22 空母 大鳳・信濃 学習研究社」P.139より)
なお、側面図は描くのに非常に時間と集中力が要りますので、艦尾までの考証を済ませてからじっくりと描きたいと思います。

この張り出し部の下部は待機所となっており、6番高角砲への舷外通路があります。
最上甲板平面では艦首側にも開口部が描かれていますが、写真1で判るようにこちらは塞がれているようです。
また、諸要部断面では吸気路のあるフラットまでの梯子が描かれていますが、上面の開口部周辺にある手摺が青い矢印のところで切れている事から、最も艦尾側の開口部には上面と吸気路フラットを繋ぐ梯子があるのかもしれません。
(写真3 「丸スペシャルNo.56 日本の空母III 潮書房」P.63より)

隼鷹 24

25-1 6番高角砲

6番高角砲付近です。
マリアナ沖海戦後に後部無線檣のフラットが拡大され、25mm単装機銃が1基装備されました。
6番高角砲の艦尾側には装填演習砲がありましたが、これもマリアナ沖海戦後にフラットの拡大と25mm連装機銃への換装が行われています。
25mm連装機銃付近の船体には扉があり、その奥は高角砲弾薬供給所となっています。
なお、ここから艦尾最上甲板へは舷外通路がありますが、公式図の上部平面には描かれていません。
この舷外通路が新造時には無かったのか、それとも公式図の描き間違いかは写真が無く不明です。

25-2 無線マスト

無線檣の基部は扇形の板になっています。
この板の回りは歯車になっているのが写真(「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.58より)でわかります。

25-3 21号電探

21号電波探信儀は艦橋上と飛行甲板左舷後部の2基が搭載されましたが、搭載時期の違いからその形状は大きく違っています。
左は艦橋上の21号電探で、右は飛行甲板左舷後部の21号電探です。
左舷後部の21号電探の下は電波探信儀格納所となっており、マリアナ沖海戦後や昭和19年末の写真では格納されているようです。
ただその蓋は探照燈時のものと変化無く、アンテナ部は取り外し式になっているものと推定しています。

25-4 左舷後部噴進砲

終戦後の写真(「世界の艦船増刊 日本航空母艦史2011版 海人社」P.75より)では、左舷後部に噴進砲座が写っています。
また、21号電探付近にも張り出しがあり、ここは噴進砲の射撃指揮装置用だと思われます。
噴進砲座は直後の作業員控所と同じ高さに、その前の張り出しはそれより少し下に位置しているようです。
これらの増備は、昭和19年末の被雷修理時またはそれ以降だと思われますが、隼鷹の最終時の武装に関してはまったく資料がありませんので、この噴進砲座に実際に噴進砲が搭載されたのかは不明です。(図はあくまでも推定です)

隼鷹 25

26-1 発動機試運転場

上部飛行機格納庫の艦尾側には発動機調整所があり、その左舷側には発動機試運転場があります。
この試運転場の艦尾側にある青い四角は、飛行甲板を支えるための柱です。
その柱の舷側側には、上にある作業員控所へ続く梯子があります。
写真1(「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.26より)の水色の矢印部はこの梯子です。
残念ながら支柱のほうははっきりと確認できませんが、青い矢印のものがその可能性があります(支柱は直立のボックス構造か?)。
写真2(「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.52より)の青い矢印部は梯子だけでは太すぎますので、支柱と梯子が重なって見えているものと思います。
発動機調整所と試運転場の間には開口部があります。(写真2の赤い矢印)
試運転場には軌条が敷設されており、旋回盤のようなものもあります。
また調整所と試運転場には、公式図では「軌条(上部)」と書かれているものがあります。(図の赤い線)
発動機を運搬するための軌条と思われますが、開口部の大きさを考えると、どの高さにこの軌条があったのかは判りませんでした。
軌条が取り外し式なのか、それとも開口部の上がさらに開くようになっているのか、何かご存知の方がみえましたら、ご教示をお願いいたします。
また、断面図で判るように、この試運転場の上には飛行甲板上にあるクレーンのレセスがあり、写真2でも確認できます。(緑の矢印)

この発動機試運転場には、マリアナ沖海戦後の機銃増備で3基の25mm単装機銃が装備されましたが、残念ながら最上甲板平面には描いてありません。
しかし、MOMOKO.120%さんのブログ「模型の缶詰BLOG出張所」において隼鷹の噴進砲に関する記事があり、大和ミュージアムにある「十二糎二十九連装噴進砲装備要領図 第一回」(昭和19年7月26日製図)では、ここの3基の単装機銃を撤去して噴進砲4基を装備するよう検討されたようです。
その装備要領図から位置を推定したのが、図の3基の単装機銃です。
なお、この装備要領図(第1回及び第4回)から、マリアナ沖海戦後の機銃増備と噴進砲搭載は同時ではない事がわかります。
それも含めて次回(もしくは次々回)では過去の記事の一部訂正を考えています。

26-2 発動機試運転台

最上甲板平面及び諸要部断面には、発動機の試運転を行うための台車が描かれています。
この台車は形状がはっきりと判る写真が見当たりません。
この図でも形状がそれとなくわかる程度ですが、窓の付いた運転席など参考になる部分があります。
なお、正面図は飛龍の公式図のものですので、多少形状が違っています。
参考用として付け加えました。


26-3 支柱

この写真の左側にあるのが支柱です(赤い矢印)。
支柱はトラス構造で、途中に作業等が設置されています。
天井にはクレーン格納用レセスが見えています(青い矢印)。

写真3 写真太平洋戦争 第3巻 光人社 P.5より

隼鷹 26

27-1 最上甲板艦尾

艦尾部の最上甲板平面です。
青い部分は飛行甲板の支柱、水色は艦尾機銃座の支柱です。
艦首側には揚艇機フラット用の支柱もあるはずですが、この図には描かれていません。
写真(「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.56より)を見ると、飛行甲板支柱は軽め穴のあるボックス構造です。
艦尾端の少し前にあるフェアリーダーは、新造時には4個並んだものでしたが、機銃座や応急舵を設置した際に一部撤去されました。
また、艦尾端のフェアリーダーは形状や大きさが異なっています。
なお舷側への応急舵の搭載には、取り付け座があります。(緑の矢印)
他艦での応急舵の設置場所を検証するときも、この取り付け座の有無が参考になると思います。
最上甲板平面では、支柱の後方舷側に救命浮標と爆雷投下台として各舷2個の四角が描いてあり、左舷には支柱の前方にも2つの四角が描かれています。
写真を見る限りでは左舷のものは応急舵と干渉するため支柱の前方に移されているようで、図に描かれているのはこの移設を表しているものと思われます。(赤い矢印)
ただ、爆雷投下台は写真では見当たらず、計画だけだったのかもしれません。
艦首側の赤い点は、最上甲板平面における窓の位置です。
この艦尾最上甲板と発動機試運転場は滑り止め付の鉄甲板です。

27-2 艦載艇

この艦尾にある艦載艇は計8艇あります。
13m特型運貨船は上甲板にあり、最上甲板には2つの開口部があります。
この2つの開口部を取り囲むように手摺があり、開口部の上には各3本の桁を渡して12m内火ランチが置いてあります。

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老猿

Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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