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隼鷹 31

32-1a 左舷側面3

マリアナ沖海戦時頃の、艦中央部の左舷側面です。
(クリックで拡大します)

32-1b 左舷側面3

昭和19年末頃の、艦中央部の左舷側面です。
(クリックで拡大します)

32-2 左舷機械室給気口

左舷主機械室給気口は、この図の位置にあります。
6番高角砲の艦尾側にある装填演習砲(マリアナ沖海戦後は25mm連装機銃に換装)の下には雑艇横付用フラットがあるため、支柱は他の機銃座とは異なる形状をしています。
ただ、この付近はアップ写真が無いため大体の形状しか判りませんでした。

隼鷹 32

33-1a 右舷側面4

マリアナ沖海戦時頃の、艦尾部の右舷側面です。
(クリックで拡大します)

33-1b 右舷側面4

昭和19年末頃の、艦尾部の右舷側面です。
(クリックで拡大します)

33-2 爆雷投下台

艦尾最上甲板の舷側にある張り出しは、昭和19年末の写真(左舷側)に爆雷らしき物が写っています(赤い矢印)。

 以下の文における右舷の爆雷投下台の位置については、その後間違いが見つかり「隼鷹 35」にて訂正いたしました。

また終戦後の写真では、右舷側にはこの張り出し部の影が大型の物(青い矢印)と小さな物(緑の矢印)の2種あるように見えます。
(写真1 「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.26より、写真2 「丸スペシャルNo.11 空母隼鷹・飛鷹 潮書房」P.52より、写真3 「海軍艦艇史3 航空母艦 KKベストセラーズ」P.172より)
小さな方は救命浮標が、大きな方は爆雷投下台が2基設置されていたのではないかと推定しました。
図は赤が爆雷投下台、青が救命浮標で、左舷は応急舵のせいか救命浮標用の張り出しが見当たりません。
この爆雷投下台用と思われる張り出しは、昭和19年5月頃の写真には無いようですので、マリアナ沖海戦後に増備されたものと思われます。
また、公式図の最上甲板平面では救命浮標の位置がこの張り出しと干渉しますので、この張り出し設置時に移設させた可能性があります。(マリアナ沖海戦前の写真で救命浮標の位置が確認できませんでした)

なお、機銃座の高さを微調整しましたので、「隼鷹 29」の図も直しました。
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老猿

Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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