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山城 12

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

12-1 副砲指揮所平面

昭和16年1月末現在の副砲指揮所及上部見張所平面です。
赤い丸は窓の位置です。

12-2 副砲指揮所変化

「歴史群像太平洋戦史シリーズNo.30 扶桑型戦艦 学習研究社」にある「艦橋各層平面及び機銃配置図」(昭和13年時)と比較すると、各所で違いが見られます。
主測距儀の支持構造内部は兵員待機所になっていますが、側面は前半が塞がれた構造なのに対して、後面は元の開口部はそのままで内部に壁面があります。
(写真 「歴史群像 太平洋戦史シリーズNo.30 扶桑型戦艦 学習研究社」P.62より)
なお、上にある機銃射撃装置用の支柱が変化していますが、これについては次回の防空指揮所で書きます。
また、信号ヤード上の二キロ信号燈は昭和18年には防空指揮所へ移設されています。

お詫びとお知らせ

以前、伊361型潜水艦について書きましたが、その内容に誤りがありました。
大日本絵画社の「NAVY YARD No.24」によると、艦首先端の延長部は伊361型全ての艦に行われたそうです。
またその他の考証も大変詳しく書かれていますので、私の記事は百害あって一利なしということで該当記事を削除いたしました。
大変申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

また、「大和 1」において高角砲シールドの手摺について書きましたが、以下の画像及び文章を追記しました。


追記

高角砲

株式会社バップから発売されているDVD「戦艦大和 深海に眠る、栄光と伝説の全て」からのキャプチャー画像です。
1999年に行われた大和の海底探査時のもので、上は12.7cm高角砲シールドです。
やはり、手摺はありません。
手摺のみ朽ちたという可能性は、下の副砲後面にある手摺が残っていることから無いと思われます。
(副砲は裏返しになっているため、上が床面になります)

山城 13

13-1 防空指揮所平面

昭和16年1月末現在の防空指揮所です。
赤い丸は窓の位置です。

13-2 防空指揮所変化

ここにあった3.5m測距儀は、昭和13年に25mm機銃を装備した際、機銃射撃装置に変えられました。
さらに、防空指揮所新設時に機銃射撃装置は若干前方に移されています。
機銃射撃装置の張り出し下の、副砲指揮所からの支柱は前後方向にも斜めになっています。
(支柱基部の位置は以前と同じため)
また、上に位置する主砲指揮所の下方も防空指揮所床面まで伸ばされているようです。
昭和18年の写真では、機銃射撃装置の張り出し部に二キロ信号燈が移設されています。

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老猿

Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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