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阿賀野型 32

33-1 機械室排気口

2番魚雷発射管の脇にある前部機械室排気口ですが、公式図に描かれているそれは能代・酒匂と矢矧では形状が違っています。
写真1は酒匂の右舷側のものです。(「歴史群像 太平洋戦史シリーズNo.45 真実の艦艇史 学習研究社」P.35より)
しかし、竣工時の矢矧の写真2(「日本海軍艦艇写真集 巡洋艦 ダイヤモンド社」P.179より)では能代・矢矧と同形状です。
矢矧の公式図には、元は酒匂と同様な形状に描かれていたのを修正したような跡がありますので、どこかで延長したのかもしれません。
ただ、写真ではそれを確認できるものはありませんでした。

33-2 後部マスト

後部マストにある探照燈座ですが、「阿賀野型 25」で酒匂のみ高さが低いとしましたが能代も酒匂と同位置のようです。
ただし、矢矧の公式図は酒匂・能代と同じ位置に描かれています。
レイテ沖海戦直前の写真でも竣工時の写真と同じようですので、公式図が間違っていると思われます。
(阿賀野「丸スペシャルNo.5 軽巡阿賀野型・大淀 潮書房」P.3より、矢矧「日本海軍艦艇写真集 巡洋艦 ダイヤモンド社」P.179より、酒匂「日本海軍艦艇写真集 巡洋艦 ダイヤモンド社」P.180より、能代「レイテ沖海戦 巡洋艦能代の最後 社団法人浜松西法人会広報委員会」表紙より 阿賀野は左右反転)


名称未設定 1

この2枚の写真について、掲載されている本をご存知でしたらお教えください。
上は沈没直前の矢矧を真上から撮影したもの、下は終戦後の呉軍港?で右に秋月型駆逐艦が左には輸送艦や海防艦などが並んでいる写真です。
どうかよろしくお願いします。

加賀 1

先日、龍門さんのHP「ヴァンガード工場」さんの掲示板にて、加賀の飛行甲板について自分なりの検証を書かせていただきました。
その後に判った点もあわせて、こちらにも書きます。

01-1 飛行甲板 12年

昭和12年5月撮影の写真や、昭和15年ごろ撮影の航空写真などを基にした加賀の飛行甲板です。(クリックで拡大します)
改装後の加賀の飛行甲板は前後を延長されましたが、元からの部分は三段空母時のままで、縦策式着艦制動装置の装備もそのまま残っています。
また、煙突の熱対策の鉄甲板部も以前のままです。
飛行甲板の検証については次回からはじめますが、装備について少しだけ。
艦尾付近の機銃座にある4つの赤いものは機銃射撃装置で、すべて履塔付きです。
また、艦橋前後と左舷前部機銃座前、および左舷艦尾付近の青いものは探照燈管制器兼見張方位盤で、これもすべて履塔付きです。

01-2 飛行甲板 16年

ところで、公式図には「飛行甲板比較図」というものがあります。
これは戦後に福井静夫氏が複製されたもので、3枚組みとなっています。
製図年月日は、2枚目のみに昭和16年11月25日とあるものの、同図には雲龍や大鳳・大鳳改もあるため信用できません。
さて、これの2枚目に加賀があるのですが、着艦制動装置の横策が1本少ない、固定式の滑走制止策が1基多い、移動式の滑走制止策が2基あるという違いが見られます。
滑走制止策はだいたいの場所しか描かれていないため、推定で描きました。(クリックで拡大します)
ただ、大戦中の加賀の写真は少なく、また鮮明さも欠けるためこの状態を確認できる写真はありません。
そのため加賀が実際にこの状態になったのかは不明です。
なお、このうち艦首にある移動式の滑走制止策は、他艦でも装備されているものの使用されてはいないため、昭和12年の時点でも装備だけはされている可能性は高いと思います。

プロフィール

老猿

Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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