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謹賀新年

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

最初のころに比べてペースは落ちましたが、何とか1年間書いてこれました。
今年もできる限り書いていこうと思います。
さて、昨年末は11月ごろから仕事が忙しくなり、図面は書き溜めたものを出すばかりでした。
この正月に何枚かは仕上げたいと思っていますが・・・。
お待たせすることもあるかとは思いますが、見捨てずによろしくお願いいたします。
しかし模型もまったく作っておらず、それなのに購入だけはしていますので積が増えるばかり。
船以外のキャラクター物も含めて、大小あわせて500個は軽く超えています。
もう減らすのはあきらめていますが、それでも何とかしたいですね。

加賀 10

10-2 縦策引込口

縦策引き込み口付近の蓋の蝶番の補強用と見られる鉄甲板部ですが、艦首側の遮風策と接する部分について判ったことがあります。
紫の矢印部のうち暗く写っているところまでが遮風策です。
それ以降は飛行甲側の鉄甲板部ですが、それの範囲は遮風策と同じ位置までで縦策引き込み口よりも内側で終わっています。
また、蓋の線と思われるものも写っていますが(黄色の矢印)、蓋には鉄甲板部は無くそれは飛行甲板側のみのようです。
(これに関係する以前の図も訂正しました)

10-3 飛行甲板 5年

昭和5年ごろの加賀の帰着甲板はこのようなものと思われます。(クリックで拡大します)
縦策の張られている間隔は15cm程度でとても描ききれませんので、この図の縦策の本数は適当に描いてあります。
また艦尾部の木甲板部も推定です。

写真1 戦前船舶No.19 戦前船舶研究会 P.27より 

加賀 11

着艦制動装置の再検証です。
加賀の着艦制動装置は竣工時は縦策式でしたが、昭和6年にはフュー式になりました。
その後大改装時に呉式になりましたが、甲板の改装は最小限にとどめられたようで縦策式の時の装備がそのまま残っています。
ならば、フュー式の装備の痕跡も残っているかもしれないと思ったのが再検証のきっかけでした。

11-1 着艦制動装置

昭和15年ごろ撮影の航空写真(写真1)では艦中央部からエレベーター前までに6個の導管装置らしきものが移っています。
たいして、昭和12年の写真(写真2)では5個の導管装置が確認できます。
このうち赤い矢印4・5・6はそれぞれ青い矢印C・D・Eで間違いないでしょう。
次に青い矢印Bですが、赤い矢印2と3のうちどちらかと思われます。
以前ははっきりとした形状の矢印2としていましたが、どうも矢印3が正解のようです。
まず公式図「飛行甲板比較図」に記されている各横策間の距離は4・5間が約11m、5・6間が9.5mとなっています。
そして矢印4とその前の横策の距離は約7.5mとなっていて、それに対応するのは矢印3の位置です。
そして青い矢印Aですが、以前は赤い矢印1としていましたが前後の縦策式着艦制動装置の駒板の位置関係から考えると違うようです。
写真2と写真3では矢印Aは駒板の間の中間少し後方にあり、写真1では白線の少し後方にあるはずですので矢印1は矢印Aとは違います。
矢印Aに対応するものは写真1では見当たらず、撤去された可能性が高いです。
これにより「飛行甲板比較図」の横策本数と一致することになります。
ただ、滑走制止策の増備については写真ではそれらしきものは見当たらず不明です。

11-2 フュー式着艦制動装置

では赤い矢印1・2はなんでしょうか。
「航空母艦着艦装置変遷一覧表」にあるフュー式の略図と比較してみました。
フュー式の3本の横策のうち前2本とほぼ一致しました。
赤い矢印1・2はフュー式着艦制動装置の痕跡と思われます。
また、フュー式の後1本の痕跡が見当たらないのは同位置に呉式の横策が設置されたせいかと思います。

写真1 写真日本の軍艦第3巻 空母I 光人社 P.125より
写真2 世界の艦船増刊 日本航空母艦史(旧版) 海人社 P.30より
写真3 写真日本の軍艦第3巻 空母I 光人社 P.121より

この再検証により「加賀 1」「加賀 8」の平面図を差し替えました。
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老猿

Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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