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阿賀野型 34

「阿賀野型 32」において矢矧の直上からの写真について情報をお願いいたしましたが、
お世話になっています方からの連絡で、KKベストセラーズ発行の「写真集 カミカゼ 陸・海軍特別攻撃隊 下」に掲載されているとの情報をもらいました。
また、HP「駆逐艦模型研究室」のLenさんからも情報をいただき、オスプレイから発行されている「IMPERIAL JAPANESE NAVY LIGHT CRUISERS 1941–45」にも掲載されているとのことです。
御二方には貴重な情報をいただき、ありがとうございました。
ただ、どちらもあまり大きく掲載されていないのが残念です。
それでも幾つかわかったことがありました。

34-1 機銃射撃装置

煙突脇の測距儀台の上には明るく写っているものがあります(赤い矢印)。
真上からの写真1で見るとそれは真円のうえ大きめですので、25mm単装機銃や能代のようなシールド無しの機銃射撃装置ではないことが判ります。
さて酒匂の公式図にはここにはシールド付きの機銃射撃装置が描かれています。
実際にはシールド無しのものが搭載され終戦時までそのままのようでしたが、シールド付きとする計画はあったものと思われます。
矢矧は、酒匂に計画されたとおりのシールド付きの機銃射撃装置が搭載されたものと思います。
なお測距儀台ですが、酒匂は右舷にある内火艇の関係で左右の平面形状が違っています。
矢矧は内火艇が無いようですので左右同形状だと思います。

34-2 機銃防弾板

後甲板にある25mm単装機銃には舷側側に防弾板が設置されています(青い矢印)。
昭和19年12月現在の公式図には描かれていないことや、戦後の酒匂には防弾板が無いことから、天一号作戦時に設置されたものと思われます。
同様に三連装機銃も甲板上に直置きであったものに、同時に防弾板が設置されたものと思われます(緑の矢印)。

写真1・3 「写真集 カミカゼ 陸・海軍特別攻撃隊 下」KKベストセラーズ P.247より
写真2・4 「写真 日本海軍全艦艇史」KKベストセラーズ P.310より

コメント

§

お世話になります。
1/350を組み立ててみました。
うまく内火艇が収まりませんでした。
http://sea.ap.teacup.com/applet/shin1966musashi2/msgcate26/archive?b=6
測距儀台は内側にずらしてみたのですが、キットは大きさも見直す必要がありそうです。

貴重な考証を公開頂き感謝しております。
よい年をお迎え下さい。

§ Re: タイトルなし

shin1966さん、お久しぶりです。
1/350能代の製作の参考にしていただき、ありがとうございます。

測距儀台の前にある内火艇ですが、それ11mのものを使用していませんか?
ここにあるのは9mですので、カッターと同じ大きさのはずですが。

多少なりとも皆さんのお役に立ててうれしい限りです。
shin1966さんも良い年をお迎えください。

§

老猿さん

上の1の図面を見ながら間違っている予感がしましたが、既にコメントした後でした。
ご指摘ありがとうございます。

現在は鳥海を制作中です。最終時はほぼ推定になりそうなので、他の巡洋艦の情報を参考にさせて頂いています。

先日、宮崎で隼鷹の製作者の方と一緒でした。

今後とも宜しくお願いします。

§

はじめまして。以前から考証を拝見しているものです。

HPを参考にしつつ、700の矢矧を製作しており、将来的にはハセガワ350能代を
製作したいなと考えております。
さて、昨年某会の会報誌誌上で老猿様の考証が話題になり、それに触発される形で能代に関する幾つかの証言が出ておりました。
具体的には
・最終時には飛行甲板に単装機銃は無かった?
・その代わりか2番発射管から3番主砲にかけて単装機銃が増備された(具体的な装備方は不明)
 飛行甲板の兵員待機所は最終時対空砲火の妨げとなるので撤去
・艦尾爆雷軌条は箱型に覆いが付いたもの
などです。(その会報誌が手元に無いのでうろ覚えですが)
 もしかしたら、既にご存知のことかもしれませんが・・・。

また、YOUTUBEに酒匂の映像が公開されていました。
https://www.youtube.com/watch?v=0i8YHyRu1vo
酒匂の映像は珍しいので、考証の参考になるかと思います。
それでは、今後もすばらしい考証を発表されること期待しております。

§ Re: タイトルなし

パインフィールドさん、はじめまして。
当ブログをご覧いただきありがとうございます。

このブログの考証が話題になるとは嬉しいことです。
さて証言についてですが、飛行甲板上の単装機銃に関しては福井静夫氏の「各艦機銃電探哨信儀等現状調査票」を参考にしています。
確かに4基の単装機銃がかたまりすぎのような気がしますが、残念ながらそれ以外には参考にできるものが無いのが現状です。
飛行甲板上の機銃員待機所はキャンバス製のテントのようなものですので、簡単に撤去できるものと思われます。
爆雷投下軌条への防弾板追加はありえると思います。
このあたりのことは推定でしか書けないのが残念です。

酒匂の映像は私も最近見ました。
2番砲塔の背面や測距儀上面の防熱板?のようなものなど、なかなか参考になる部分もありますね。

このたびは情報ありがとうございました。
今後もよろしくお願いいたします。




§

老猿さん

能代の証言について、掲載誌を手元に持って来たので多少補足します。
記事は艦船模型サークル「NAVY YARD」の会報誌「海軍工廠 NAVY YARD通信第50号」に、会で能代を研究されている方が2009年に能代の戦友会「軍艦能代会」で伺ったものとの事です。
当然、老猿さんの考証と証言内容は一致するところが大半ですが、前回の補足の他に気になるところとして
 ・艦橋前から撤去された機銃射撃指揮装置跡左右、周辺に配置された6機の
  単装機銃は第1機銃群を構成し、指揮装置跡に配置された群指揮官が指揮を
  した(管制の無くなった1,2番機銃も第二機銃群として群指揮官が配置された)
 ・測距儀台に増設された機銃射撃指揮装置には、マリアナ沖海戦後の機銃増備
  時にシールドが被せられた(形状は不明)
 ・三番機銃員の方の証言で、航空作業甲板上には前部、後部とも捷一号作戦時
  には単装機銃は無かった(「三連装機銃と違って射界制限の掛かってない単装
  機銃は同士撃ちが怖くて同じ甲板に置いて欲しくなかった」とのこと)
 ・前部の航空作業甲板上はリノリウムなし(後部は記憶が曖昧)
 ・二番魚雷発射管とカタパルトの左右には、それぞれの操作を妨げない形で単装
  機銃が装備されていた(2名の乗組員の方の証言、執筆した会員の方は航空
  作業甲板のものが移設された可能性を示唆しています。
  ただし、具体的な位置については乗組員の方も記憶が無いとのこと)
 ・甲板敷物の配置変更があり、艦中央部のリノリウムが剥がされ、部分的に貼り
  直しただけで改装を終えた。(別の方の証言で2番魚雷発射管~艦尾でリノリウ
  ムが剥がされた場所はない)
 ・爆雷投下軌条の防弾板装備については、艦尾操舵室の応急操舵員、水雷課の
  2名の方が証言
が記載されています。
 老猿さんのおっしゃるとおり、いずれも検証は難しいことばかりではありますが、出所や内容などから、記憶違い等の可能性は低いのではないかと思います。
 考証の参考としてください。

§ Re: タイトルなし

パインフィールドさん、詳しい情報ありがとうございます。

複数の方の証言ということは、信憑性は結構高いようですね。
ただ、2番発射管やカタパルト付近の単装機銃の位置については、推測は難しいですね。
発射管の邪魔にならない場所というのは見当たりませんし、カタパルト脇に装備するには内火艇をおろす必要があります。
なお、公式図には飛行作業甲板の前後面両方に滑り止めが描かれていますので、鉄甲板であったと思われます。

本当に良い情報をありがとうございました。


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Author:老猿
  
日本海軍艦艇を、公式図と写真から
検証しています。

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