隼鷹 39

40-1 空中線 S19末
40-2 空中線 S19末

マリアナ沖海戦で煙突を損傷し、その修理の際に煙突の空中線展張用支柱は以前とは違う形状になりました。
それに伴い空中線の展張方法も変わっています。
写真1では空中線の碍子が写っており、煙突前面から4本が煙突側面の通路の下部から5本の空中線が延びていることがわかります。
写真2は終戦後のもので、煙突前面に設けられた空中線展張用支柱が確認できます。
ただこの写真では最も左舷寄りの1本は切れており、下の手摺部分につながれているように見えます。
艦橋前部の九四式高射装置の横にある空中線展張用支柱には碍子が見当たりませんので、使用されていないようです。(写真3)
図では空中線展張用支柱から船体への引込み線は描いてありませんが、前回の写真2では多くの線が船体に張られているのが判ります。

40-3 左舷 高射装置

昭和20年5月出図の公式図を再確認しましたところ、上部平面に左舷の九一式高射装置を消した跡がうっすらと残っていました。
この公式図の改訂欄には「18.11.1」と「19.10.末」の日付があり、昭和18年11月1日にはまだ高射装置は九一式であったようです。
その跡を参考にして描いた昭和18年11月現在の左舷高射装置付近です。
写真4のブルワークの修復跡の大きさからこの形状で間違いないようです。
また、8cm双眼望遠鏡から4.5m測距儀前面への通路のようなものがあり、これも同様に修復跡で確認できます。
4.5m測距儀へのシールド装着時に設置され、九四式高射装置への換装時に撤去されたとおもわれるこの通路の用途は不明ですが、双眼鏡から測距儀への情報伝達用かなと考えています。
なお、マリアナ沖海戦後を示すこの公式図では8cm双眼望遠鏡の張り出しも撤去された形状で描かれています。
実際には九四式高射装置への換装時に張り出しの撤去は行われませんでしたが、双眼望遠鏡は撤去されたのではないかと考えています。

40-4 左舷 方位測定機

MOMOKO.120%さんのブログ「模型の缶詰BLOG出張所」にて、新造時に艦橋上にあった方位測定機の移設について解説されました。
空母隼鷹の方位探知アンテナについて。
これも公式図を確認しましたところ、図の位置に確認できました。
赤い線は下部の第四方位測定室です。
この方位測定室と後方のフラットの間に扉があり、上の機銃座のハッチ(青い線)からフラットに降りられるようになっています。
この方位測定室とフラットは新造時には無いようです。

40-5 艦橋後部 逆探

終戦後の写真で、艦橋後方の機銃側弾薬格納所のうち中央のものが撤去され逆探が設置されていることがわかりました。
マリアナ沖海戦直後の写真では格納所は3個並んでいますので、それ以降に設置されたものと思われます。

以前の側面図で方位測定機と逆探の追加、および右舷高射装置脇の空中線展張用支柱の形状の修正を行いました。

写真1 丸スペシャルNo.11空母隼鷹・飛鷹 潮書房 P.53より
写真2 写真 日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ P.378より
写真3 丸スペシャルNo.11空母隼鷹・飛鷹 潮書房 P.54より
写真4 歴史群像太平洋戦史シリーズNo.22 空母大鳳・信濃 学習研究社 P.139より
写真5 写真 日本海軍全艦艇史 KKベストセラーズ P.376より

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